水素社会に向けて実証を進める
福島水素エネルギー研究フィールド
(FH2R)
東芝エネルギーシステムズ株式会社
水素エネルギー事業統括部 事業開発部 P2G事業開発グループ マネジャー
山根 史之さん
再生可能エネルギーの活用機会を広げるFH2R
FH2Rでは再生可能エネルギーの導入拡大のために、再生可能エネルギーを活用した水の電気分解による水素製造とその輸送・貯蔵に関する技術開発、出力変動の大きい再生可能エネルギーを最大限活用するための電力系統の需給バランス調整機能(ディマンドリスポンス)を実現するための技術開発を行っています。
太陽光や風力発電などの再生可能エネルギーの導入拡大に伴い、電力系統の需給バランスを調整するための出力制御の機会が今後増加することが想定されます。できるだけ出力制御せずに、再生可能エネルギーで発電した電力を有効活用するための方法として、電力を水素に転換して活用する「Power-to-Gas」というシステムが検討されています。
電力系統においては電力を使用する側の需要量と、電力を供給する側の供給量のバランスがとれている必要があり、このバランスが崩れると停電につながります。Power-to-Gasの構成要素である水電解装置の消費電力を制御し電力の使用量を変えることで、電力系統の需給バランス機能を提供することが出来、これにより、発電電力が不安定な再生可能エネルギーの導入拡大に貢献します。また、再生可能エネルギーから転換した水素を様々な分野、例えば輸送領域や産業領域で利用することで他の領域での脱炭素化にも貢献します。
FH2Rでは18万m2の敷地内に設置した20メガワットの太陽光発電設備を備えており、水素製造用電力として10メガワットで電気分解が出来る水電解装置を用いて水素を製造しています。この水電解装置を定格運転で1日運転した場合の水素製造量は、一般家庭約150世帯の1ヵ月分の消費電力に相当する電力量に相当し、世界最大級の規模を誇ります。
現在、5社体制で運用しており、東北電力が水素エネルギーシステムの活用方法の検証、東北電力ネットワークは電力系統の需給バランス調整、岩谷産業が水素の需要予測と供給・貯蔵、旭化成は水電解装置の維持費低減のための技術開発、そして弊社がプロジェクト全体の取りまとめを担当しています。
FH2Rは2020年3月に開所しました。各種制御システムと水電解技術のさらなる高度化を目指し、2023年2月末まで技術開発及び実証を進めていく計画です。
土地の造成から2年弱の短期間で完成できたFH2Rは"関係者の努力の結晶"
企画段階からプロジェクトリーダーを務めてきた私は、現在では他の事業者を含めたプロジェクト全体の統括を担当しています。それと同時に技術者としての役割も担っています。
FH2Rの建設期間は2年弱と短期だったため、開所まで苦労の連続でした。FH2Rが浪江町の産業団地に建設することが決まった当時、その産業団地はまだ土地が整備されていないため、まずは場所の選択と広さの選定、インフラ導入の検討など、我々が経験したことがない仕事からはじまりました。そして優先度の高い場所から整備をお願いし、整備が終わった用地で我々が作業するのと並行して、浪江町が次の箇所の用地を造成していきました。また建設も本当に大変でした。世界最大級の規模、まだ完成の姿を見ない最新の水電解装置──リスクが起きる確率やその発生時の予算や工期に与える影響について、初めてのものばかりでしたので正確に算出することができませんでした。このため社内外から"本当にできるの?"と不安の声が寄せられていたのも事実です。
私が驚いたことは、このような状況の中でも各社が協力し合い事業を進められたことです。浪江町やゼネコン、その他関係企業など多種多様な人々が、さまざまな問題に対して一致団結し、一つひとつ解決していきました。誰かが無理と言えば、そこで止まっていたかもしれません。誰も諦めずにがんばっているから、自分もがんばらねばというモチベーションを持ち続けられたのだと思います。FH2Rはまさに関係者全員の努力の結晶だと思います。
太陽光発電の最大活用と電力品質の維持の両立、そして安価な水素製造を目指す
FH2Rでは不安定な再生可能エネルギーを最大限活用しての必要量の水素製造と、電力系統の需給バランス調整の両立を最適に行い、水素製造コストを下げることを目指していますが、そこで重要になるのが予測に基づいた最適運用の技術となります。予測については、必要となる水素需要、電力系統安定化に必要となる電力需給調整量、そしてFH2Rに備えている太陽光発電電力の3つの予測があります。最適運用については、これら予測情報に基づいて、いつどのように各機器を運転することが最も効率的かを計算し、全体の運転を行います。この予測と最適運用を組み合わせることにより、水素製造と需給バランス調整を両立させ、水素を製造するためのコストを下げることが出来ると考えており、この技術開発を進めています。
再生可能エネルギーの導入拡大と電力系統における電力品質の維持の両立について、日本は欧州に比べると難易度がとても高いのが現状です。欧州の電力網は欧州全体に及ぶ大規模なものであるため、再生可能エネルギーを大量に入れても調整が行いやすいのです。それに対して、日本は独立した小規模な系統であるため、日本の中だけで処理しなければなりません。この規模の小ささが再生可能エネルギーを増やしながら電力品質を保つ難易度を上げています。
FH2Rで開発する技術は、この難解な課題を解決するための重要な技術になると考え、挑戦を続けています。
今後の水素利用の拡大に必要なアプローチがユーザー視点
将来的な水素エネルギーの利用者は多岐にわたることになると思います。様々な領域で水素を活用して頂くためには、利用者には水素だけでなく、範囲を広げたソリューションでの提供が重要になると考えています。
私は水素を担当する前に、電気バスや燃料電池バスなどを活用したクリーンな都市交通システムの研究開発に携わっていました。例えば、電気バスを導入する場合には、電気バスは走行できる距離が短く、充電にも時間がかかるため、従来のバスとは運用方法が大きく変わります。このため、それぞれ個別の条件に合わせて、導入する車両の種類や台数、充電器や充填機の導入量と設置箇所の選定、運転手のローテーションなどを含めた運航計画まで提案できなければ利用者として導入することが困難であることが実事業者と話す中で分かり、そのための技術開発もしてきました。単体ではいくら優れているものであっても、こういった利用者側で必要となる内容を考え、その範囲まで提供できる必要があると考えています。
水素分野でもこの都市交通システムと同様に、水素の利用にあたり利用者側で必要となる範囲・内容を考え、その範囲まで提供する利用者目線のアプローチが必要だと思います。既存の燃料や原料から水素に置き換えるとなると利用者は大変です。おそらく水素エネルギーの普及当初は水素を潤沢に供給できず、現在のガソリンのように常時在庫がある状態にはできないと思います。このため確実に購入できるタイミングづくりが重要になります。そこで我々が代行して、利用者側から要求が無くても、必要な量を適切に供給するシステムを確立しなければなりません。水素だけでなく、水素を活用する機器、更には、使用するエネルギー活用先の範囲まで含めて提供する必要があると考えています。そしてこれによって水素供給側においても最小の設備で必要な低価格の水素を供給でき、設備投資を抑えられるというメリットが生まれてきます。
今後は水素社会の実現に向けて、水素の利用先の範囲まで広げた技術開発も進め、Power-to-Gas等の水素技術を実用化させ、脱炭素社会の実現に貢献できるように、関係者と一緒に全力で取り組んで行きますので、是非共、一緒に頑張りましょう!