日本の水素研究をリードする
九州大学水素エネルギー
国際研究センター

山根 史之さん山根 史之さん

九州大学主幹教授
副学長 水素エネルギー国際研究センター長 次世代燃料電池産学連携研究センター長

佐々木 一成 先生

水素エネルギー研究教育拠点を目指す九州大学

九州大学は2004年に「水素利用技術研究センター」を設置し、いち早く水素研究の取り組みをはじめました。2009年には同センターを「水素エネルギー国際研究センター」に改組し、基礎研究から産学官が連携した研究、それらの研究成果を踏まえた実証研究まで一体的な研究が行われています。
九州大学が水素に着目したのには理由があります。日本に産業革命が起こった当時、日本の製鉄の約9割を担った八幡製鉄所が立地する九州北部に、九州帝国大学(現・九州大学)が1911年に創立しました。このような背景から工学分野の人材育成に注力し、研究室の研究テーマにはエネルギー分野が数多く掲げられました。それから時を経て、低炭素社会に向けた取り組みが注目されはじめた2005年、九州大学はキャンパスの移転統合を契機に、新しく開設される伊都キャンパスを究極の低炭素社会を実現する「水素エネルギー研究教育拠点」を目指す構想を掲げました。燃料電池自動車や家庭用燃料電池が登場する前に、九州大学の水素プロジェクトは本格的にスタートしました。
九州大学が研究に力を入れているのが二つの分野です。一つは燃料電池です。燃料電池が進化すればエネルギーシステム全体が変わり、社会も変わります。もう一つは水素を安全に使うための材料の研究です。最も小さい分子である水素は、材料に溶け込みやすく、溶け込むと悪い影響を与えます。この問題を解決しないと安心して水素を使うことができないため、水素に触れる材料の研究にも力を入れています。人間に例えると心臓部と骨格部の研究にフォーカスしています。

私が水素研究をはじめたきっかけは「縁」

私は燃料電池の材料研究をライフワークにしています。ただし初めから燃料電池の研究に携わっていたわけではありません。もともと東京工業大学でセラミックなどの材料工学を学び、修士課程では核融合や原子力の技術を研究しました。それが変わったのは、1989年にスイス連邦工科大学(ETH)のチューリッヒ校に交換留学生として、1年間の予定で留学したときのことでした。1980年代後半にエネルギー価格が上昇し、当時はエコなエネルギー開発が世界的な潮流となりました。それを受け、スイス政府は燃料電池の国家プロジェクト研究をスタートし、ETHも燃料電池の研究をはじめていました。しかし材料工学の知識を持つ燃料電池の研究者がいなかったため困っていたようでした。そこに材料工学を学んできた私が留学生として来るということで、燃料電池研究の担当になることを依頼されました。核融合と燃料電池の研究はまったく違うように見えますが、根っ子の部分である材料を原子レベルできちんと設計することは共通しています。それを知ると新鮮に感じて、燃料電池の研究に加わりました。いざ研究をはじめると燃料電池の研究は面白く、研究に没頭していきました。そして留学期間の1年間でいくつかの成果を残すと、所属していた研究室が国家プロジェクト研究に選ばれました。そこでETHはプロジェクト研究を進めるにあたり、私をプロジェクト担当に誘っていただきました。そして私はETHに転学してプロジェクト研究に携わり、博士号も取得しました。今ではこうしたETHとの「縁」があったからこそ、水素研究に携われたのだと感謝しています。

電気のみならず、燃料と原料の脱炭素化を実現できる「水素」

最近、「水素」が急速に注目を集めるなか、"なぜ水素?"と思う人は多いのではないでしょうか。しかし、これにはしっかりとした理由があります。低炭素社会・脱炭素社会を目指したときに、まず最初に考えることがCO2を発生させずに電気をつくることではないでしょうか。この課題だけを考えれば、再生可能エネルギーで発電して、CO2の発生を抑えることで解決に近づきます。しかしその一方、エネルギーは電気だけではないということを忘れてはいけません。日本国内で電気というかたちで利用されているエネルギーの量は、エネルギー消費量全体の半分以下にとどまります。残りである半分以上は自動車に使うガソリンなどの燃料や、製鉄などに使う石炭などの原料が占めているのです。つまり発電する時のCO2対策に加えて、燃料や原料を使用した時のCO2対策を考えないと、いつまでも日本全体が低炭素社会・脱炭素社会を迎えることはできません。原料や燃料として使っても発生するのは水だけという唯一の存在が「水素」なのです。このため低炭素社会・脱炭素社会に向けた唯一の切り札として、注目が集まっているのです。
そして水素に注目しているのは日本だけでありません。米国のカリフォルニアなどで燃料電池自動車が大変な人気を集めているほか、近年はドイツをはじめとする欧州のほか、中国や韓国なども研究に力を入れており、特に今年に入ってから欧州の勢いは凄まじいと感じています。日本はいち早く水素に注目して研究を本格化してきましたが、私はこれまで以上に研究に力を入れなければいけないと危機感を抱いています。

若い研究者が世界をより良く変える可能性を秘める水素エネルギー分野

水素社会を実現するには、低価格の水素が供給されることが前提となるため、ハードルは高いと感じています。このため今後も数十年間に渡り、地に足を着けた研究開発を進める必要があると思います。そしてそれを担うのは若い世代の研究者です。この分野の主役はもう私たちの世代ではありません。現在の20~30代はもちろん中高生世代の活躍が期待される研究分野なのです。
九州大学は人を育てることを大切にしています。水素研究を本格化させた5年後の2010年に、水素の製造から貯蔵、利用、さらに安全性をどのように担保するかという水素エネルギーの一貫した総合工学を学べる水素エネルギーシステム専攻という大学院専攻を設けました。そして今年の夏から機械工学以外について学んできた学生も、水素エネルギー分野に興味のある人は他大学からも含めて受験できるようになりました。水素エネルギーを学べる大学院専攻はおそらく世界でも九州大学にしかないと思います。また九州大学では、水素エネルギーシステム専攻の博士課程の学生をリサーチアシスタントに任用し、研究に専念できる環境をつくりました。研究機器などのハード面のほか、こうしたソフト面でもよりよい環境づくりを進めていきたいと考えています。
水素社会の実現は世界共通の目標であるため、研究者が行ったことが地球環境をより良く変えるために、直接役に立つ可能性があります。こういう研究分野は他を見ても少ないと思います。水素エネルギー研究は、若い研究者がゲームチェンジャーとして、世界をより良く変える可能性を秘めた分野なのです。

NEDO

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